『夢喰い探偵』第6話「金田一耕助vs.エラリー・クイーン」

文化祭の準備の最中、映画研究会とミステリー研究会の合作映画に用いる撮影用の人形が勝手に持ち出され、とある都市伝説に見立てられてしまった。またしても部活同士のもめごとに発展しつつある中、この見立ての意図を解明すべくアイリが立ち上がる。

最高難易度の事件

今回のエピソードにかなりの気合が入っていることは、タイトル「金田一耕助vs.エラリー・クイーン」からも明らかでしょう。金田一耕助横溝正史が生み出した日本の名探偵であり、数多くの映像化によってファンの多いシリーズです。そして、エラリー・クイーンは同名の作家エラリー・クイーンによって創作された名探偵で、世界で最も有名な探偵のひとりでしょう。これらふたりの名探偵をエピソードタイトルにそのまま持ってくるだけではなく、彼らの代表的な事件である『犬神家の一族』と『エジプト十字架の謎』を作中で堂々と紹介するあたり、極めて挑戦的であると言えます。そして、その覚悟に呼応するかのように、これまでのエピソードの中で最高難易度の事件に仕上がっています。

事件の真相に到達するためには、探偵は推理を飛躍させる必要がありました。今回の場合、謎を説明するための証拠をかき集めるという論法はヒットしません。すべての不可解な状況をきれいに説明できる仮説が必要なのです。探偵が提示した仮説は、仮説の上に仮説を組み上げる非常に危ういものであり、証拠が不在の机上の空論となる危険性がありました。探偵が得意げに推理を披露していても、本当にそうなのか?他の可能性もありえるのではないか?と少し疑いつつ論理を辿ることになります。しかし、筋は通っています。結論まで到達してようやく、その仮説が「すべての情報をまとめ上げることができる解釈」となり、だからこそ「唯一絶対の真相」であることに気づきました。これほどアクロバティックなロジックを構成するミステリー漫画は見たことがありませんし、探偵が披露する推理の美しさは推理小説に引けを取りません。解決編を読み終えて冷めやらぬ興奮に震えたことを告白しなければならないでしょう。さすが超有名作品を引用するだけのことはあり、非常によくできたミステリーとなっていました。

ヒロインが犯人を批難する

ただし、犯人はちょろかったです。もうちょっと言い逃れしてほしかったのが読者の本音。犯人が意外にも簡単に犯行を認めてしまったのは、あまり悪いことをしたという認識がないためでもあるらしい。これは逆に犯人の悪辣さを示しており、この意味では他のエピソードを上回っています。もっとも犯罪に近かったのは第1話の浮雲破壊事件ですが(あれは実際のところ犯罪でしょう)、あちらはまだ即物的な動機であったためわかりやすい事件でした。しかしこの事件の犯人は極めて自分勝手であり、犯人の意図に憤りを禁じえません。事実、探偵アイリが初めて犯人を批難した事件でもあります。アイリが犯人の愚かさを批判する件は威圧的であり、かわいい少女として描かれてきたヒロイン像とは一線を画していました。ヒロインの新たな一面を垣間見たという意味で貴重なエピソードでした。

物語の進展

また、事件の最後にアイリが自ら過去を語り、作品全体を貫く謎が前景に現れてきたようです。この大きな謎が作中でどのように描かれるのかは多分に期待が膨らみます。これによって彼らが出会う事件の規模も大きくなるかもしれません。これまでのような一話完結だけではなく、例えば前後編のように二話に分かれるかもしれないし、さらには単行本一冊全部使ってひとつの事件を描くようなことがあるかもしれません。もちろん、これまでの一話完結を徹底しつつ、ストーリーを進めるのもいいですね。ミステリーファンとしてはそろそろ前後編の二話完結くらいの事件をやってもらいたいところなのですが、はてさてどうなることでしょう。

『夢喰い探偵』第5話「男鹿邸事件」

アイリの過去を知る刑事が漏らした「男鹿邸(おじかてい)」は幽霊屋敷であった。オカルト研究会の面々と連れ立って男鹿邸を訪れた国谷は幽霊を目撃してしまう。しかし、幽霊は心霊スポットと名高い男鹿邸ではなく向かいの廃病院に現れたのだ。

今回はいかにも夏らしく幽霊屋敷を題材としたエピソードとなっていて、物語序盤は国谷が体験したオカルト事件が回想によって説明されるというなお一層ホラー風味の色濃いお話です。

国谷はアイリの過去と関連があるであろう「男鹿邸」へ赴くわけですが、こともあろうに幽霊を目撃するという不幸に見舞われます。ここでの登場人物は国谷とオカルト研究会の3名であるため、この中の誰かが犯人のはずなのですが、肝心な謎は「どうやったのか」です。幽霊が現れた、すなわち犯人がいたであろう建物は問題の男鹿邸ではなく、その通りの向かいにある廃病院でした。しかも男鹿邸の門扉は厳重に閉鎖されているため邸の裏を回り込まなければならず、簡単にはたどり着けない場所にありました。すなわち、ほぼ同時に幽霊を目撃した彼ら4名は、アリバイという観点からたちどころに容疑者から外されてしまうわけです*1。探偵は、そして読者は、このアリバイを崩すためのトリックを見破る必要があります。

そしてもちろん、トリックは既出の情報を元に華麗に見破られることになりました。お見事*2。さて、最後に動機の解明へと移るわけですが、ここでひっかかりを感じました。動機は犯人の口から直接説明される形になっていましたが、どうやら探偵はその動機も了解していたようです。では、いかにして探偵は動機の糸口をつかんだか。実は、この点が作中では説明されていません。また、問題編での動機解明のヒントも少ないように感じます。部分的な情報が開示されていたことは事実ですが、そこから犯行動機までかなり隔たりがあり、さすがにこれは読者が推理できるものではないなと思ったものです。

とはいえ、今回の主題は犯行方法(アリバイ崩し)です。そのため、動機はあくまで副次的なものととらえれば、そうアンフェアなものではないでしょう。読者は、一見するとアリバイがあるように見える人物が、いかにして犯行を行ったか、具体的に言えば、短時間で男鹿邸と廃病院を往復する方法を解明する必要があります。さあ、皆さんは探偵よりも早くアリバイトリックを暴けるでしょうか。

なお、オカルト研究会のメンバーにうさぎの人形を抱えた女の子がいるのですが、第2話の御神木の呪い事件の際、御神木を支持する一派の中にちゃっかり登場しているんですよね。なかなか印象的なキャラですし、男鹿邸事件で再登場させるために事前に仕込んでおいたのでしょうか。

さて、最後はクイズです。夏の海と言えばなんでしょう?青春?恋愛?いえいえ、孤島に嵐に連続殺人です!と答えたあなた、ミステリー脳ですよ。なんのこっちゃの人、本編を読めばわかります。

 

*1:もちろん、完全な部外者が犯人という可能性は十分に考えられるのですが、本編ではこの可能性を詳しく検討せずに排除してしまっている点が残念でした。

*2:このトリックを「有名作品の応用版」と評したレビューがあり、ずっと気になっていたのですが、ついにその作品に出合いました。日本の新本格期の○○○○による『○○○の殺人』だろうと思います。もっと古い先例もあるかもしれません。2019/07/24

『夢喰い探偵』第4話「夏への扉」

学内の掲示板のいたるところに薬物乱用防止キャンペーンである姫宮かれんのポスターが貼り出されるという怪事件が発生。案の定、不仲な部活同士の対立を招いてしまい、掲示物を管理している生徒会は宇都宮アイリに「姫宮かれんの増殖」事件*1の解明を依頼する。

今回の舞台は主人公が通う並木街道高校の生徒会です。毎回ユニークなキャラクターが登場するのも本作の魅力のひとつですが、生徒会長である成島芽以子(なるしまめいこ)ほどインパクトのある人物はなかなかいないでしょう。 作中の表現をそのまま借りれば、「リトル・ジャイアン(♀)」であり、「人食いチワワ」なのです。ものの数ページで生徒会長の人柄を具体的にイメージできるので、これらの表現を受けて読者もなるほどそうだよなとなるのです。そして、これまで本作を読んできた読者であれば、場を食ってしまいそうな個性のある生徒会長がアイリと衝突するのは目に見えていると思うでしょう。しかし、意外にもそのような展開にはならず、さらに意表をつく方向へ持っていかれることになります。このあたりの読者の誘導の仕方が上手で憎いなあと思ってしまうのです。

さて、「姫宮かれんの増殖」事件ですが、主眼は動機の解明にあります。つまり、「なぜ犯人は姫宮かれんのポスターを貼りまくったのか」という問いなのですが、この真の動機を特定するのは難しいのではないでしょうか。事件解明のヒントはこのあたりかなという部分までは気付けても、そこから実際の犯人の意図がどういうものであるかを指摘するための情報は足りないように思われます。

とはいえ、ミステリー的な見栄えはよくできています。第一に、容疑者を限定するロジックが明確であることです。姫宮かれんのポスターは生徒会が管理する物品であり、それが盗み出されて掲示板に貼りだされたことから、犯人はポスターが生徒会室にあることを知っていた人物に限られます。このような思考過程をしっかり描くことがミステリーには重要です。

第二に、将来起こることを推理によって予測するという、いかにも探偵らしいパフォーマンスを見せてくれていることです。探偵アイリは、掲示板の様子を観察し、近いうちに写真部がポスターの掲示許可を求めて生徒会室へやってくることを予言します。そしてそれは見事に的中するのです。これは理想的な探偵像というか、まるでホームズのようではありませんか。

さて、このように学校内でのミステリーにも見どころは多いのですが、今回はさらに作品全体のストーリーを動かすような出来事が生じました。第3話で餅谷(もちや)という並木警察署の刑事が登場しましたが、彼女の同僚にあたる男性が国谷のもとを訪れ、アイリの様子を尋ねます。結局この男性がアイリとどのような関係にあるのかは明らかにされないままでしたが、「男鹿邸(おじかてい)」という意味深なキーワードを残していきます。アイリの過去が気がかりな国谷は過剰反応してしまい、第5話では実際に男鹿邸へ赴くことになるのです。

ところで、今回のタイトルがハインラインの有名なSF小説夏への扉」を引いているのですが、内容的にはまったく関係ありませんのであしからず。

*1:事件の名前はマガジンR2016年1号のSTORY GUIDEより