クラウドスポッター入門

クラウドスポッターができるまで

f:id:monokuroobake:20161207222928j:plain星空を眺めるのが好きで、一等星などの主要な星や、それらが属する季節の星座はあらかた網羅しています。星の季節変化や惑星の運行に慣れてくると、今日これくらいの時間帯の夜空はこんな感じだな、と頭の中に天球を再現することができたりします。これはとても楽しい。

ところが、実際の星空観望においては雲が多分に悪さをします。雨は降っていないけど空一面を雲が覆っている。晴れていると思ったが見ようとしていた方角の空に雲が群れを成している。夜空を楽しもうとしたとき、雲は大敵なのです。

恨めしい雲の存在を意識しはじめると、ぽっかり浮かんでいる昼間の雲ひとつが妙に気になるようになりました。初めの関心は、今夜の天気をあの雲で予測できないか、ということでした。あのような形の雲ができるのはどのような気象条件だからなのか。あの雲はどこから来てどこへ行くのか。あの雲はどうしてあんなにかわいいのか。

雲のことばかり考えて生活していた日々が続き、ふと気づくと、雲がかわいくてかわいくてたまらなくなっていました。雲のかわいさとはなにか。雲は多彩です。ぽっかり、ふわふわ、まるまる、どんより、のっぺり、色々な顔を見せてくれます。そしてなにより、時間がたてばすぐに姿を変える、この刹那的存在のはかなさ。そういえば幼いころは、窓辺に寝転がって空を横切るわた雲をずっと眺めていたりしたものでした。意味があるのかないのかなんて考えない、そんな時間を久しく過ごしていないな、と。

新米クラウドスポッターの目標

以上のような経緯でクラウドスポッター入門を果たしたものの、まだまだ知識や経験が足りません。どんな雲であっても基本的な10種類のいずれかに分類されると言いますが、いま目にしているあの雲がそのうちのどれに属するのか、その場で判断がつきません。面白い雲を見つけても、それがどういう雲で、なぜそのような形をしているのか説明できないままではクラウドスポッターとは呼べないし、雲の面白さを十分に堪能することもできないでしょう。

そこで本ブログの方針として、雲の写真コレクションを作成するという目標を立てます。雲を見つけて撮影し、それを分類する。当面の目標は基本10種類の制覇です。つまり10枚の写真を撮ればよいのですからなんだか難易度が低そうにも感じますが、相手は俊敏でワイルドですから、相当な苦戦を強いられることでしょう。それに対してこちらの武器はコンパクトデジカメ一台(格安)ですので、ブログ投稿を前提とした写真撮影にはそれなりのハードルが伴います。気長に挑戦することをここに宣言いたします。

雲好きのバイブル

雲や気象に関する本は思いのほか豊富です。入門したての新米がこのように紹介するのはおこがましいのですが、これこそ雲好きにとってのバイブルに違いないと思われる一冊『「雲」の楽しみ方』をご紹介します。 

「雲」の楽しみ方

「雲」の楽しみ方

 

雲好きが高じてウェブ上にコミュニティを立ち上げてしまった著者が雲への偏愛を垂れ流し続けた結果生まれたこの一冊はまさしく雲好きのための本。雲にはどのような種類があるのか、どのように分類されるのか、なぜそのような雲が生じるのか、素人にもわかりやすく、そして愛をこめて説明しています。本のジャンルとしてはサイエンス・ノンフィクション(科学読み物)ですが、多分に主観が入り混じった「雲ラブ」目線なので、学術的な解説に重点があるわけではありません(念のために注意しておくと、著者はただの雲好き男であり、決して気象学者や天気予報士などではありません)。著者自身を含む数々の実体験や、文学作品から雲の描写を引用するなど、多様な観点から雲の魅力についてとことん語りつくしています。ああ、ここにも物好きな人がいたか、というのが素直な感想です。

このブログでは雲好きの人をクラウドスポッターと呼びならしますが、これは本書の原題「Cloudspotter's guide」から来ています。雲を愛し、ただ眺めるだけでなく積極的に雲を探そうとする人たちだからこそクラウドスポッターと呼ばれるのです。この本を片手にクラウドスポッター街道を突き進んでいきましょう。

ところで、本書は単行本なので値段がちょっとお高めなのが痛いところでしたが、来月(2017年1月)に河出書房から文庫版が発売されます。現状hontoでは書誌情報を参照できますが、河出書房やAmazonではヒットしません。ご興味のある方は是非。

「雲」の楽しみ方 (河出文庫)/ギャヴィン・プレイター=ピニー/桃井緑美子 河出文庫 - 紙の本:honto本の通販ストア

 

『夢喰い探偵』第3巻(最終巻)

『夢喰い探偵』第3巻

2016年10月17日に『夢喰い探偵』シリーズ最終巻となる第3巻が発売されました。

第3巻は第7話から最終話(第9話)までの3話収録となっており、設定上の謎が手つかずのままではありますが、宇都宮アイリ探偵譚のクライマックスとしてさわやかに締めくくられています。第3巻にはアイリと国谷のちょっと詳しいプロフィールなど、単行本派にうれしいおまけページがついています。

 以下は、第7話から最終話までの過去記事となります。

monokuroobake.hatenablog.com

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シリーズを振り返って

『夢喰い探偵』は残念ながら第3巻をもってシリーズ完結となりました。本作ほど連載を続けてほしいと思った漫画作品は他にありません。書き手の投げたボールが違うことなくストライク、作中のすべての要素がただ一点を目指して集約するようにさえ感じられました。もちろん、この一点にいたのは私だけではないでしょう。

何度も繰り返していますが、本作の魅力はなにより「本格ミステリ」であること。一話完結というページ数の制約のもとで事件を展開しそして畳み込むまでの鮮やかさ。そこに至るまでの推理の過程はロジカルであり、ヒントが漏れなく提示される徹底ぶり。律儀な構成とフェアプレイにミステリ魂がくすぐられました。もちろん、キャラクターの魅力、画風、青春など、本作を構成する要素のどれもが欠くべからざるものでした。ミステリ好きに是非、ミステリ好きでなくても是非、読んでほしい漫画です。

これから本作を手に取る人へ

本作の各エピソードは完全に独立しており、どこから読んでも楽しめます。それまでのキャラクターを知っているからこそ味わえる面白さがあるのはもちろんですが。

さわやか系ミステリを気軽に味わいたいという方は第1巻(第1話~第3話)がおすすめ。第2話と第3話では、地に足の着いたミステリを披露しながらもヒューマンドラマとして味わい深く、青春ミステリの醍醐味がいかんなく発揮されています。

ミステリの出来栄えだけ知りたいという方は第2巻(第4話~第6話)がおすすめ。ヒントが正々堂々提示されたアリバイトリックの第5話は是非解きたい。不可解極まる事件現場が緻密な論理によって解体される第6話はシリーズ中の最高傑作。金田一耕助好きとエラリー・クイーン好きはとりあえず読んでみよう。このあたりのエピソードが好きなら、パズルを組み上げるような快感に浸れる第8話(第3巻)も楽しめるはず。

よく知らない作品を買うのは躊躇う、まずは様子見、というなら、マガジンRの公式ページで第1話(全ページ)が無料公開されています。犯人を追い詰める過程で一ひねり加えてあり、一般的なミステリ漫画のひとつ上を目指そうとしていることがわかります。(第1話→)夢喰い探偵-宇都宮アイリの帰還-|少年マガジンR|講談社コミックプラス

さいごに

『夢喰い探偵』の面白さに気づいたとき、ようやくミステリ漫画でいい作品に出合えたとうれしく思ったものでした。ミステリ漫画をあれこれ読み漁っているわけでもありませんが、「本格ミステリ」にこれほど合致する漫画作品はそう多くはないはずです。それだけにシリーズの終了は大きな喪失ですが、ミステリ漫画のお手本がここにあるという事実は変わりません。

 

『夢喰い探偵』、面白かったです。

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『夢喰い探偵』第9話「宇都宮アイリの冒険」(最終話)

郷土資料室に保管されていた由緒正しき日本刀が何者かによって盗み出されてしまう。現場は出入り口も窓も施錠された密室であった。証拠を残さない狡猾な犯人を捕らえるため、名探偵・宇都宮アイリは一計を案じる。

密室の理由

全体的に勇み足の物語展開だったため推理パートも短く、どうしても欲しいと思った説明が省かれてしまっていました。今回のミステリーの眼目は「なぜ犯人は密室を用意したのか」にあるはずです。つまり、犯行現場を密室にすることによって犯人にどのような利益があるかという問題です。探偵・アイリが指摘したある理由については納得できますが、これでは密室を構成するトリックの半分しか説明していないように思われます。すなわち、現場を密室状態にすること自体の理由です。しかし、トリックにはもうひとつ重要な要素があり、これはまた別の意味で犯人に利益があります。この二つの利益はどちらがより重要というわけではなく、どちらもほぼ等しく重要でしょう。この残りの一点が説明されなかったことで、解決編のカタルシスが今一歩になってしまったという印象があります。とは言え、ここで言う利益が功を奏したのであれば読者は完全に騙されたはずであり、解決編で犯人として名指しされた人物に驚いたことでしょう。

珍しいことに、今回は探偵が犯人を罠にかけています。つまり、疑わしい人物が存在したとしてもその犯行を立証することが困難である場合、犯人を確実に捉えるために一計を案じることがあります。これまでアイリは純粋な推理によってのみ犯人を追い詰めてきましたが、まったく証拠を残さなかった今回の犯人に対しては別の一手が必要になったようです。こうしたスリリングな展開はミステリーの楽しみのひとつでもありますが、物語中で実行された計画以外のものを考えてみるのも読後の楽しみでしょう。この場合、正解はひとつではありません。実を言えば、物語中で実行された計画には大きな落とし穴があるのです。しかも、アイリが知らないはずの情報が結果的にアイリの推理を有効にするという矛盾が生じているので、是非とも他の手段を講じるべきでした。

最終話らしい演出

探偵・アイリが犯人を特定したのはもちろん推理によってですが、実は事件関係者の多くも犯人の目星がついていたということが後に明らかになります。その根拠は推理によって裏付けられたものではなく、むしろ、アイリの探偵としての実績を認めるからこそ導き出されたものでした。アイリの探偵活動がひとまずの到達点を迎えたことが感じられる良い最終話でした。

ストーリー上の設定や謎をほぼそのまま残す形で完結してしまったことが残念ですが、個別のエピソードはどれも高い水準を維持しています。1年半ほどの短い期間でしたが存分に楽しませていただきました。

なお、完結巻である第3巻は10月17日発売予定です。