『夢喰い探偵』第5話「男鹿邸事件」

アイリの過去を知る刑事が漏らした「男鹿邸(おじかてい)」は幽霊屋敷であった。オカルト研究会の面々と連れ立って男鹿邸を訪れた国谷は幽霊を目撃してしまう。しかし、幽霊は心霊スポットと名高い男鹿邸ではなく向かいの廃病院に現れたのだ。

今回はいかにも夏らしく幽霊屋敷を題材としたエピソードとなっていて、物語序盤は国谷が体験したオカルト事件が回想によって説明されるというなお一層ホラー風味の色濃いお話です。

国谷はアイリの過去と関連があるであろう「男鹿邸」へ赴くわけですが、こともあろうに幽霊を目撃するという不幸に見舞われます。ここでの登場人物は国谷とオカルト研究会の3名であるため、この中の誰かが犯人のはずなのですが、肝心な謎は「どうやったのか」です。幽霊が現れた、すなわち犯人がいたであろう建物は問題の男鹿邸ではなく、その通りの向かいにある廃病院でした。しかも男鹿邸の門扉は厳重に閉鎖されているため邸の裏を回り込まなければならず、簡単にはたどり着けない場所にありました。すなわち、ほぼ同時に幽霊を目撃した彼ら4名は、アリバイという観点からたちどころに容疑者から外されてしまうわけです*1。探偵は、そして読者は、このアリバイを崩すためのトリックを見破る必要があります。

そしてもちろん、トリックは既出の情報を元に華麗に見破られることになりました。お見事*2。さて、最後に動機の解明へと移るわけですが、ここでひっかかりを感じました。動機は犯人の口から直接説明される形になっていましたが、どうやら探偵はその動機も了解していたようです。では、いかにして探偵は動機の糸口をつかんだか。実は、この点が作中では説明されていません。また、問題編での動機解明のヒントも少ないように感じます。部分的な情報が開示されていたことは事実ですが、そこから犯行動機までかなり隔たりがあり、さすがにこれは読者が推理できるものではないなと思ったものです。

とはいえ、今回の主題は犯行方法(アリバイ崩し)です。そのため、動機はあくまで副次的なものととらえれば、そうアンフェアなものではないでしょう。読者は、一見するとアリバイがあるように見える人物が、いかにして犯行を行ったか、具体的に言えば、短時間で男鹿邸と廃病院を往復する方法を解明する必要があります。さあ、皆さんは探偵よりも早くアリバイトリックを暴けるでしょうか。

なお、オカルト研究会のメンバーにうさぎの人形を抱えた女の子がいるのですが、第2話の御神木の呪い事件の際、御神木を支持する一派の中にちゃっかり登場しているんですよね。なかなか印象的なキャラですし、男鹿邸事件で再登場させるために事前に仕込んでおいたのでしょうか。

さて、最後はクイズです。夏の海と言えばなんでしょう?青春?恋愛?いえいえ、孤島に嵐に連続殺人です!と答えたあなた、ミステリー脳ですよ。なんのこっちゃの人、本編を読めばわかります。

 

*1:もちろん、完全な部外者が犯人という可能性は十分に考えられるのですが、本編ではこの可能性を詳しく検討せずに排除してしまっている点が残念でした。

*2:このトリックを「有名作品の応用版」と評したレビューがあり、ずっと気になっていたのですが、ついにその作品に出合いました。日本の新本格期の○○○○による『○○○の殺人』だろうと思います。もっと古い先例もあるかもしれません。2019/07/24

『夢喰い探偵』第4話「夏への扉」

学内の掲示板のいたるところに薬物乱用防止キャンペーンである姫宮かれんのポスターが貼り出されるという怪事件が発生。案の定、不仲な部活同士の対立を招いてしまい、掲示物を管理している生徒会は宇都宮アイリに「姫宮かれんの増殖」事件*1の解明を依頼する。

今回の舞台は主人公が通う並木街道高校の生徒会です。毎回ユニークなキャラクターが登場するのも本作の魅力のひとつですが、生徒会長である成島芽以子(なるしまめいこ)ほどインパクトのある人物はなかなかいないでしょう。 作中の表現をそのまま借りれば、「リトル・ジャイアン(♀)」であり、「人食いチワワ」なのです。ものの数ページで生徒会長の人柄を具体的にイメージできるので、これらの表現を受けて読者もなるほどそうだよなとなるのです。そして、これまで本作を読んできた読者であれば、場を食ってしまいそうな個性のある生徒会長がアイリと衝突するのは目に見えていると思うでしょう。しかし、意外にもそのような展開にはならず、さらに意表をつく方向へ持っていかれることになります。このあたりの読者の誘導の仕方が上手で憎いなあと思ってしまうのです。

さて、「姫宮かれんの増殖」事件ですが、主眼は動機の解明にあります。つまり、「なぜ犯人は姫宮かれんのポスターを貼りまくったのか」という問いなのですが、この真の動機を特定するのは難しいのではないでしょうか。事件解明のヒントはこのあたりかなという部分までは気付けても、そこから実際の犯人の意図がどういうものであるかを指摘するための情報は足りないように思われます。

とはいえ、ミステリー的な見栄えはよくできています。第一に、容疑者を限定するロジックが明確であることです。姫宮かれんのポスターは生徒会が管理する物品であり、それが盗み出されて掲示板に貼りだされたことから、犯人はポスターが生徒会室にあることを知っていた人物に限られます。このような思考過程をしっかり描くことがミステリーには重要です。

第二に、将来起こることを推理によって予測するという、いかにも探偵らしいパフォーマンスを見せてくれていることです。探偵アイリは、掲示板の様子を観察し、近いうちに写真部がポスターの掲示許可を求めて生徒会室へやってくることを予言します。そしてそれは見事に的中するのです。これは理想的な探偵像というか、まるでホームズのようではありませんか。

さて、このように学校内でのミステリーにも見どころは多いのですが、今回はさらに作品全体のストーリーを動かすような出来事が生じました。第3話で餅谷(もちや)という並木警察署の刑事が登場しましたが、彼女の同僚にあたる男性が国谷のもとを訪れ、アイリの様子を尋ねます。結局この男性がアイリとどのような関係にあるのかは明らかにされないままでしたが、「男鹿邸(おじかてい)」という意味深なキーワードを残していきます。アイリの過去が気がかりな国谷は過剰反応してしまい、第5話では実際に男鹿邸へ赴くことになるのです。

ところで、今回のタイトルがハインラインの有名なSF小説夏への扉」を引いているのですが、内容的にはまったく関係ありませんのであしからず。

*1:事件の名前はマガジンR2016年1号のSTORY GUIDEより

このブログは解決編のネタバレを含みません

『夢喰い探偵』は非常によくできたミステリー漫画であり、探偵の推理とそれを構成する証拠が一対一対応するようになっています。また、問題編と解決編*1が明確に分けられていることから一話を分割して説明していくことが可能であり、非常に語りやすい作品であるとも言えそうです。そのため、本当は語りたいことがたくさんあって、「この推理の根拠はあの人物のあの時の言動が云々」というような話をしたいのですが、それは完全にネタバレになってしまいますのでやらない方がいいでしょう。

とはいえ、『夢喰い探偵』を紹介するにあたり、事件の概要や登場人物をある程度詳しく説明する場合があります。また、各エピソードの特徴を考えるにあたりそれがどういう事件であったのかを解決編から振り返って問題編に言及するようなこともあろうかと思います。しかし、そういった場合であっても、できる限り本編の結末部分や探偵の推理はブログの投稿からは伝わらないように注意しています。ある程度詳しい説明をしたとしても、それは問題編までに明らかになった事実にのみ基づくものであり、それ以後の解決編で明らかになる真相は含まないように心がけています。その意味では、問題編の内容についてはネタバレされる可能性があるとも言えます。そこらへんは留意していただけると幸いです。しかし、犯人がだれか、犯行方法はなにか、動機はなにかといった、事件の根幹部分の真相については決してブログ投稿には記述しませんので、安心してください。もし、ダイレクトにネタバレしていなくても、その表現だとバレバレだよ、みたいな記述があれば教えていただけると幸いです。

*1:第1話で探偵アイリが「解決編」と言う言葉を使っていますが、「問題編」に相当する単語はでてきていません。「事件編」とか、「捜査編」でもいいかもしれません。どうでしょう?