映画『屍人荘の殺人』

満足の映像化

 2019年12月13日、映画『屍人荘の殺人』を公開初日に鑑賞。少なくない方々が劇場にはおられましたが、わざわざ公開初日に来られたわけですので、もしかすると他のみなさまも本格ミステリのファンなのだろうかと、そんなことも気にしてしまうくらい緊張しながら開始時間を待ちました。

 本編は非常に楽しめました。冒頭の「うどん」は原作とは異なる形で登場し、明智と葉村のすっとぼけコンビはかなり増量されています。事件の舞台となるペンションは装置としての盛り込み巻が満載で、クローズド・サークルに憧れのある人は惚れ惚れとしてしまうでしょう。

 トリックや伏線は原作のとおりしっかり描かれています。ただし、原作の面白さのひとつでもあったある要素がごっそり削除されており、ミステリとしての濃度は薄まっています。だからと言って難易度が落ちたかというと必ずしもそうではありません。削ってもなお様々な出来事が作中で生じるため、上映時間に比して濃密であることは変わりがありません。

 今回の映像化で最大の懸案事項でもあった、映画の中で謎解きをいかに見せるか、という部分は、ほどほどに満足しました。何気なく描写されたカットも推理に組み込まれており、これまでに視聴者が知りえた情報から真相を解き明かせるはず、というミステリの基本ルールはしっかり守られています。「あ、なるほど、これもヒントになるのか」と納得されることでしょう。

どうしてこの密室殺人が「前代未聞」なのか

 ただし、全体的に駆け足過ぎて、事件の謎としての魅力を伝えきれていないのではないかという心配もあります。ヒロイン・剣崎の台詞に「前代未聞の密室殺人」というものがありますが、いまいちピンときません。つまり、この事件現場がどうして「前代未聞=不可能な状況」と言えるのかが、映画の中で十分に伝わっていないように思います。

 もし、すでに映画をご覧になって、この密室殺人がなぜ「前代未聞」と言われたのかよく解らなかったと言う方は、本作の漫画版の第8話をご覧になるとよいでしょう。奇しくも、劇場公開の翌日(2019年12月14日)にウェブで公開されました。

 →少年ジャンプ+ https://shonenjumpplus.com/episode/10834108156723973774

 『屍人荘の殺人』に限らず、最近は本格ミステリのコミカライズが多く、とてもうれしく思っています。綾辻行人さんの『十角館の殺人』、麻耶雄嵩さんの『さよなら神様』など、マニア向けと思われていた作品が漫画になっており、本格ミステリ界隈の変化が感じられます。作り手側と消費者側、双方で大事にしたい、望ましい風潮だと思います。