義元ゆういちの別名義作品①「探偵作家 俺/マリア」(2013年)

 義元ゆういちの別名義作品

ミステリ漫画『夢喰い探偵』の著者である義元ゆういち氏は、2013年に好本雄一という別名義で62ページの読み切りを月刊少年マガジンに掲載しています*1。タイトルは「探偵作家 俺/マリア ―書き上げるまでが事件です」といい、探偵役に高校生作家、助手役に生徒会長を配置する「青春ミステリー」でした。惹句は「青春×ロジカル・ミステリ」となっており、ここでもやはりきちんとした推理モノを青春と両立させることに注力しています。物語の舞台が『夢喰い探偵』と酷似しており、この時点で連載の構想があったのかもしれません。本作は今のところ単行本化されていません。そのため、今回はちょっと詳しくおさらいしてみようと思います。

物語と登場人物

主人公であり、本作で探偵役を務めるのは藤原新(ふじわらあらた)という男子高校生なのですが、正体を偽ってミステリ小説を発表する売れっ子作家という設定です。彼が作品を執筆する書斎が学校の時計塔にあり、その場所を提供しているのが静和はこ(しずわはこ)という生徒会長の女子生徒です。静和は藤原に時計塔を提供する代わりに、学園内のトラブルを藤原に解決してもらっているという交換条件の上に成り立つコンビです。とはいえ、完全に対等な関係というわけでもなさそうで、探偵は時計塔を使わせてもらっている負い目がありますから、会長が持ち込む依頼を断るわけにはいきません。そのため、しぶしぶ事件の捜査を開始するといった体で、会長に引っ張られながら事件現場へ足を運ぶことになりました。*2

事件

藤原が直面する事件は「バラバラ殺人」!なのですが、実際のところは器物損壊です。この高校の美術部には「三聖」と呼ばれる優秀な生徒が3名おり、彼らの新作は美術展での高い評価が期待されていました。ところが、美術室に保管していた彼らの作品が台ごと倒されて、バラバラに破壊されてしまいます。人が殺されたなどという物騒な事件ではないのですが、「芸術家にとって作品は命も同じ」であるため、この事件は殺人的であるというわけです。バラバラ殺人とはこういう意味だったわけです。

さて、事件の第一発見者の主張に基づけば美術室は”ほぼ密室”の状態であり、人の出入りは不可能でした。事件現場は完全な密室ではなく、天井付近にある小窓が開いていたことに加え、密室の内側に猫の毛が落ちていたことから、校内で話題になっている迷惑ノラ猫の仕業であろうと考えられました。ノラ猫を捕縛しようと息巻く美術部員をよそに、藤原はある理由から猫には犯行が不可能であると推理し、真相の解明を目指して捜査を始めることになったのです。

例の優秀な美術部員たち3名それぞれに事情を聞いて回ったところ、どうやら全員に動機がある一方で、これまた全員にアリバイがありました。ここにきて、密室とアリバイという二重の壁が立ちはだかります。探偵は容疑者3名(+ノラ猫1匹)の中から真犯人を指摘し、密室とアリバイトリックを突破する必要がありました。

探偵の推理を振り返って

密室を構成するトリックが何らかの物理トリックであると察することはできますが、具体的な方法はなかなか指摘できないでしょう。というのは、その仕掛け部分に関する作中での言及が少なく、読者が推理するには情報が足りないように思われるからです。さらに言うと、このトリック、実行自体に問題はないのですが、トリックに使ったものが証拠としていろいろと現場に残ってしまいます。そのひとつについて、犯人はそれをごまかすための準備をしているのですが、それ以外の証拠についてはどうしたのでしょう?藤原もこの点を説明していないので、トリックとしての実現可能性については少し疑問が残ります。とはいえ、物理トリックは絵として映えるので漫画向きですよね。

むしろ読んでいて困ったぞと思ったのは、推理のプロセスがわかりにくい点でした。読者にはきちんと証拠は提示されており、結論も明確です。しかし、その中間である、証拠から結論までのプロセスが不明瞭だと感じました。もう少し具体的に言うと、読者に提示された証拠や解決へのヒントが、解決編における探偵の推理とどのように対応しているのか必ずしも明確ではないのです。そのため、どうして藤原はそのように推理したのかという部分が伝わりにくくなっています。このあたりは、読み切りというページ数の制約上、作者が解決編でやろうと思っていたことをいくつか削ってしまったために生じたものかもしれません。前半の情報密度の高さと、後半の解決編の単純さに落差があるのはそのせいでしょうか。

このようにいくつか煮え切らない部分はありましたが、総じて楽しめました。物理トリックによる密室事件は『夢喰い探偵』でも1件描かれていますが、謎解きの密度としてはこちらの方が一枚上手だと感じます。

念のために付け加えておくと、最終的に明かされた犯行の動機はきわめてまっとうなものでした。しかも青春の一ページらしく感動系で攻めてくるあたり、常に青春モノを志向する義元氏の本領が発揮されています。なお、作中で藤原が捜査の結果を振り返って「動機が揃い過ぎている」とか、それを創作としてとらえると「冴えたシナリオじゃない」などと評していることから、作者は動機の意外性にもこだわりがあるように感じられます。だからこそ感動的ラストにもつなげやすくなるのでしょう。

『夢喰い探偵』との関連

ところで、主人公である藤原新は白雪マリア(しらゆきまりあ)という筆名で小説を発表しています。タイトル「探偵作家 俺/マリア」のマリアとは、彼の筆名を意味しています。さらに、何を隠そう、彼の小説シリーズ名が『宇都宮アイリ』なのです。それってなんだっけ?とか聞かないでください。宇都宮アイリは(一部のミステリファンの間で)絶賛を誇ったミステリ漫画『夢喰い探偵』のヒロインです。本の表紙にも宇都宮アイリらしき人物が描写されており、この時点ですでに探偵アイリ像は存在したようです。藤原たちが通う高校が並木街道高校であることなど、『夢喰い探偵』との連続性は否定しようがありません。もしかすると、『夢喰い探偵』は本作「探偵作家」の作中作とか、同じ高校に在籍した先輩後輩の関係などといったオマケ設定が重層的に組み合わさっているのかもしれません。このあたりに、作品世界に対する義元氏の愛が感じられるではありませんか。

そして、本作と『夢喰い探偵』の作風も非常に似通っています。そもそも青春ミステリという同じジャンルですし、ストーリーテリングのノリも同じです。違うところと言えば、探偵と助手の事件に対するスタンスの差で、読み切りでは助手の方が積極的で探偵側は冷めているという、アイリと国谷のコンビの真逆になっています。とは言いつつ、積極的な女子が物語を引っ張るという意味では両者は共通していますね。

義元ゆういちの作品リスト

義元ゆういち(あるいは好本雄一)の発表作品は以下の3本だと思われます。

  • PIGEON WORKS アナログ探偵事件録(2012, 好本雄一)
  • 探偵作家 俺/マリア(2013, 好本雄一)
  • 夢喰い探偵(2015-2016, 義元ゆういち)

これら以外の名義で作品を発表していた場合にはさすがに追い切れませんので、ひとまず上記の3本とします。本ブログでは、上記3作品について、すでにレビュー済みです(2018/09/02)。

*1:月刊少年マガジン2013年9月号

*2:「助手(生徒会長)が事件を持ってくる」のであれば、「探偵(高校生作家)が事件に出会う必然性」を説明する必要がないのでなかなか便利な設定だと思ったのですが、『夢喰い探偵』には引き継がれなかったようですね。

『夢喰い探偵』第6話「金田一耕助vs.エラリー・クイーン」

文化祭の準備の最中、映画研究会とミステリー研究会の合作映画に用いる撮影用の人形が勝手に持ち出され、とある都市伝説に見立てられてしまった。またしても部活同士のもめごとに発展しつつある中、この見立ての意図を解明すべくアイリが立ち上がる。

最高難易度の事件

今回のエピソードにかなりの気合が入っていることは、タイトル「金田一耕助vs.エラリー・クイーン」からも明らかでしょう。金田一耕助横溝正史が生み出した日本の名探偵であり、数多くの映像化によってファンの多いシリーズです。そして、エラリー・クイーンは同名の作家エラリー・クイーンによって創作された名探偵で、世界で最も有名な探偵のひとりでしょう。これらふたりの名探偵をエピソードタイトルにそのまま持ってくるだけではなく、彼らの代表的な事件である『犬神家の一族』と『エジプト十字架の謎』を作中で堂々と紹介するあたり、極めて挑戦的であると言えます。そして、その覚悟に呼応するかのように、これまでのエピソードの中で最高難易度の事件に仕上がっています。

事件の真相に到達するためには、探偵は推理を飛躍させる必要がありました。今回の場合、謎を説明するための証拠をかき集めるという論法はヒットしません。すべての不可解な状況をきれいに説明できる仮説が必要なのです。探偵が提示した仮説は、仮説の上に仮説を組み上げる非常に危ういものであり、証拠が不在の机上の空論となる危険性がありました。探偵が得意げに推理を披露していても、本当にそうなのか?他の可能性もありえるのではないか?と少し疑いつつ論理を辿ることになります。しかし、筋は通っています。結論まで到達してようやく、その仮説が「すべての情報をまとめ上げることができる解釈」となり、だからこそ「唯一絶対の真相」であることに気づきました。これほどアクロバティックなロジックを構成するミステリー漫画は見たことがありませんし、探偵が披露する推理の美しさは推理小説に引けを取りません。解決編を読み終えて冷めやらぬ興奮に震えたことを告白しなければならないでしょう。さすが超有名作品を引用するだけのことはあり、非常によくできたミステリーとなっていました。

ヒロインが犯人を批難する

ただし、犯人はちょろかったです。もうちょっと言い逃れしてほしかったのが読者の本音。犯人が意外にも簡単に犯行を認めてしまったのは、あまり悪いことをしたという認識がないためでもあるらしい。これは逆に犯人の悪辣さを示しており、この意味では他のエピソードを上回っています。もっとも犯罪に近かったのは第1話の浮雲破壊事件ですが(あれは実際のところ犯罪でしょう)、あちらはまだ即物的な動機であったためわかりやすい事件でした。しかしこの事件の犯人は極めて自分勝手であり、犯人の意図に憤りを禁じえません。事実、探偵アイリが初めて犯人を批難した事件でもあります。アイリが犯人の愚かさを批判する件は威圧的であり、かわいい少女として描かれてきたヒロイン像とは一線を画していました。ヒロインの新たな一面を垣間見たという意味で貴重なエピソードでした。

物語の進展

また、事件の最後にアイリが自ら過去を語り、作品全体を貫く謎が前景に現れてきたようです。この大きな謎が作中でどのように描かれるのかは多分に期待が膨らみます。これによって彼らが出会う事件の規模も大きくなるかもしれません。これまでのような一話完結だけではなく、例えば前後編のように二話に分かれるかもしれないし、さらには単行本一冊全部使ってひとつの事件を描くようなことがあるかもしれません。もちろん、これまでの一話完結を徹底しつつ、ストーリーを進めるのもいいですね。ミステリーファンとしてはそろそろ前後編の二話完結くらいの事件をやってもらいたいところなのですが、はてさてどうなることでしょう。

『夢喰い探偵』第5話「男鹿邸事件」

アイリの過去を知る刑事が漏らした「男鹿邸(おじかてい)」は幽霊屋敷であった。オカルト研究会の面々と連れ立って男鹿邸を訪れた国谷は幽霊を目撃してしまう。しかし、幽霊は心霊スポットと名高い男鹿邸ではなく向かいの廃病院に現れたのだ。

今回はいかにも夏らしく幽霊屋敷を題材としたエピソードとなっていて、物語序盤は国谷が体験したオカルト事件が回想によって説明されるというなお一層ホラー風味の色濃いお話です。

国谷はアイリの過去と関連があるであろう「男鹿邸」へ赴くわけですが、こともあろうに幽霊を目撃するという不幸に見舞われます。ここでの登場人物は国谷とオカルト研究会の3名であるため、この中の誰かが犯人のはずなのですが、肝心な謎は「どうやったのか」です。幽霊が現れた、すなわち犯人がいたであろう建物は問題の男鹿邸ではなく、その通りの向かいにある廃病院でした。しかも男鹿邸の門扉は厳重に閉鎖されているため邸の裏を回り込まなければならず、簡単にはたどり着けない場所にありました。すなわち、ほぼ同時に幽霊を目撃した彼ら4名は、アリバイという観点からたちどころに容疑者から外されてしまうわけです*1。探偵は、そして読者は、このアリバイを崩すためのトリックを見破る必要があります。

そしてもちろん、トリックは既出の情報を元に華麗に見破られることになりました。お見事*2。さて、最後に動機の解明へと移るわけですが、ここでひっかかりを感じました。動機は犯人の口から直接説明される形になっていましたが、どうやら探偵はその動機も了解していたようです。では、いかにして探偵は動機の糸口をつかんだか。実は、この点が作中では説明されていません。また、問題編での動機解明のヒントも少ないように感じます。部分的な情報が開示されていたことは事実ですが、そこから犯行動機までかなり隔たりがあり、さすがにこれは読者が推理できるものではないなと思ったものです。

とはいえ、今回の主題は犯行方法(アリバイ崩し)です。そのため、動機はあくまで副次的なものととらえれば、そうアンフェアなものではないでしょう。読者は、一見するとアリバイがあるように見える人物が、いかにして犯行を行ったか、具体的に言えば、短時間で男鹿邸と廃病院を往復する方法を解明する必要があります。さあ、皆さんは探偵よりも早くアリバイトリックを暴けるでしょうか。

なお、オカルト研究会のメンバーにうさぎの人形を抱えた女の子がいるのですが、第2話の御神木の呪い事件の際、御神木を支持する一派の中にちゃっかり登場しているんですよね。なかなか印象的なキャラですし、男鹿邸事件で再登場させるために事前に仕込んでおいたのでしょうか。

さて、最後はクイズです。夏の海と言えばなんでしょう?青春?恋愛?いえいえ、孤島に嵐に連続殺人です!と答えたあなた、ミステリー脳ですよ。なんのこっちゃの人、本編を読めばわかります。

 

*1:もちろん、完全な部外者が犯人という可能性は十分に考えられるのですが、本編ではこの可能性を詳しく検討せずに排除してしまっている点が残念でした。

*2:このトリックを「有名作品の応用版」と評したレビューがあり、ずっと気になっていたのですが、ついにその作品に出合いました。日本の新本格期の○○○○による『○○○の殺人』だろうと思います。もっと古い先例もあるかもしれません。2019/07/24