『夢喰い探偵』第7話「時効」

並木本町駅前の廃屋で白骨遺体が発見される。身元は2年前から行方不明になっている当時中学生の女子生徒であり、状況的に何者かによって撲殺された可能性が高い。国谷の友人であり、被害者の同級生であった生徒会員が容疑者のひとりとして浮かび上がる。さらに、遺体の傍には謎のメッセージが残されていた。

 

シリーズで初めて死人が出た事件

これまでの事件はすべて学園の内外で起こる「日常の謎」であり、どんなに悪質でもせいぜい軽犯罪止まりでした。要は、さすがに死人がでるような重大事件ではなかったのです。しかし、今回の第7話ではついに死人が出てしまいます。普通のミステリー漫画を読んでいるときであれば、これから捜査が始まって事件を推理するぞ、と意気込むのですが、『夢喰い探偵』においては作中で死人が出てしまったこと自体にショックを受けてしまいました。ページをめくる勇気を奮い起こすことにも一苦労でしたね。とはいえ、物語の間口が広いことも同時に示したわけですので、ミステリー漫画としては通常の進行だと思います。

再登場する登場人物たち

物語冒頭、アイリと国谷は生徒会室で遺体発見のニュースをチェックしています。生徒会員である国谷がいるのは当然ですが、アイリまで同席しているのはなぜでしょうか。仲がいいですね、ということにしておきましょう。そしてもちろん、生徒会室ですので、以前の「ポスター増殖事件」(第4話)で登場したメンバーが数名再登場を果たしております。もちろん、読者(私ですが)の人気をアイリと二分している生徒会長もいますが、アイリと国谷の夫婦漫才を引き立てるためだけの役どころとなっています。彼らと同様に再登場を果たした一人ではありますが、名前付きで紹介されたのは森林りえか(もりばやしりえか)ただ一人、今回の事件の容疑者なのです。そしてアイリと国谷は彼女からの依頼によって事件を捜査することになりました。彼女たちはたかだか素人探偵ではありますが、すでに警察とのコネはちゃっかり作ってあり(第3話)、新米刑事の餅谷万智(もちやまち)巡査部長が再登場します。

ダイイングメッセージと半密室

遺体は失踪当時中学生だった源未来(みなもとみらい)という女子生徒だったのですが、彼女とストリートダンスのチームを構成していた同級生たちが動機の存在を理由に容疑者扱いされることになります。遺体の発見現場は彼女たちがかつてダンスの練習をしていた並木本町駅*1の広場からほど近い廃屋でした。殺害現場のドアには内側から鍵がかけられていましたが、完全な密室ではありません。窓の鍵が開いており、犯人はこの窓から脱出したと考えられます。むしろ事件を不可解なものにしているのは、被害者が書いた血文字のメッセージです。ひらがな3文字で書かれたそれはダイイングメッセージのはずですが、「意味深なだけで意味不明」なものでした。

刑事事件を描く難しさ

今回の眼目はダイイングメッセージの解読にあるため、実物の血文字を見て確認する必要がありました。アイリは知己の刑事である餅谷刑事を呼び出し、あれこれ情報提供を依頼することになりますが、常識的に考えて現役刑事がこれに応えるということはないでしょう。ところが作中では「お約束」(漫画のお約束的展開といった意味)であると言って、血文字の写真を見せてしまったり、さらにはアイリと国谷を遺体発見現場へ連れていっています*2。いくら現場が初めから廃屋で、しかも捜査員が撤収した後だとは言え、さすがにそれはまずいんじゃないですか刑事さん、と言いたくなります。餅谷刑事には彼女たちの言うことを聞く義理だって何もないわけですから。ただの高校生が事件捜査に協力するには、物語上の必然性がどうしても必要になりますが、ここではそれが一切説明されていません。このあたりが、素人探偵を主人公にして刑事事件を描く難しいところですね。

解決編:半密室の論理に拍手

今回の事件も非常に難しい印象を持ちました。なにしろ、推理のためのヒントが十分ではないと感じたからです。この疑問点は解決編を読んでも解消しませんでした。アンフェアというわけではありませんが、詰めが甘いといった感じです(末尾に列挙しておきます)。

推理自体はよくできていると思います。特に、現場が不完全な密室状態だったという事実からひとつの仮説を排除するロジックはなかなか読みごたえがありよかったです。これによって新たな解釈が浮かび上がり、さらにダイイングメッセージの意味が明らかになるという一連の流れは極めてスムーズです。推理というより、推理の見せ方が巧みなのでしょう。義元氏のミステリーのいいところはどうやらこの辺にあるようで、読んでいてわからなくなることがないのです。これを一話完結の短編ではなく長編でやったらどうなるかという点は非常に気になりますね。

さて、結局、警察が捜査中の事件を一般人の高校生が解決してしまいました。事件解決後の餅谷刑事や警察の対応までは描かれておりませんので、この一件が探偵アイリの立場をどのように変えていくのか、まだよくわかりません。警察関係者とのコネが広がったり、別の形で刑事事件に関与するというような展開になる可能性もあるでしょう。様々な意味で、この一件の影響力は計り知れません。

ところで、解決編開始前に挿入される決め台詞「なろうか 名探偵に!」を凛々しい表情で言うアイリさんがいつも以上にかっこよくて痺れました。表情はもしかすると事件の性質を表しているかもしれませんね。前回(第6話)の事件はかなり悪質な犯人でしたが、そのときもけっこう厳しい表情をしていました。逆に前々回(第5話)は犯人の意図が善良なものであり、行為自体も悪戯レベルなので、決め台詞の表情はかわいくする、とか。 

「3話周期で面白いエピソードがやってくる」の法則

述べた通り、今回の第7話には難点が多く、力不足を感じました。前回の第6話が傑作だっただけに期待しすぎてしまったのかもしれません。ここで気付いたのですが、3話ごとに秀逸なエピソードがやってくるという法則があるような気がします。3の倍数にあたるエピソードは単行本の巻末に相当するので、必然的に力が入るのでしょう。面白いと言いますか、出来がいいと言いますか、とにかく力作であることが多いような気がします。まだ2巻が発売されてもいない状況でこんなことを言うのは無理がありますが、これまで雑誌で毎号追ってきた身として(もう一年経ったわけですね)、なんとなくそんな雰囲気を感じ取っている、というコメントだけ残しておくことにしましょう。 

疑問点

残念ながら今回のエピソードには納得できない点が目立ちました。特に、床に書かれた血文字が本当に被害者のものなのかを保証するものがないため、ここで思考がストップしてしまいました。ミステリーならいちゃもんがつくのは宿命ですが、その中でもこれは致命的かもしれないというものを以下で列挙しておきます。ただし、ネタバレになりますので、フォントカラーを白にして隠しておきますね。

  1. テーブルから落ちて頭を強打したことが死因なら、その場所に血痕が残らないのか?これによって警察は初めから事故と断定できたのではないか?また、血文字以外に血痕が残っている様子が描かれていない点が気になる。
  2. 同じく、テーブルから落ちたのであれば、その近くで遺体が発見されてもよいのではないか?また、その場合、遺体の姿勢(テープで縁取りされたような姿勢)はあのようになるのか?もっと関節が曲がったようなものになるのではないか。
  3. ダイイングメッセージの解読のヒントになったのは指の位置だが、2年間の白骨化の過程で位置がずれたという可能性はないのか?

*1:この”並木本町駅”が彼らの学校の最寄り駅(並木駅)からどの程度の距離にあるのか、作中では述べられていません。

*2:さらに言えば、事件現場を目にしたふたりのリアクションが低いのでは?国谷はもっとびびっていていいし、ミステリー狂のアイリは逆にはしゃいでしまってもおかしくない。不謹慎極まりないですけど。

義元ゆういちの別名義作品①「探偵作家 俺/マリア」(2013年)

 義元ゆういちの別名義作品

ミステリ漫画『夢喰い探偵』の著者である義元ゆういち氏は、2013年に好本雄一という別名義で62ページの読み切りを月刊少年マガジンに掲載しています*1。タイトルは「探偵作家 俺/マリア ―書き上げるまでが事件です」といい、探偵役に高校生作家、助手役に生徒会長を配置する「青春ミステリー」でした。惹句は「青春×ロジカル・ミステリ」となっており、ここでもやはりきちんとした推理モノを青春と両立させることに注力しています。物語の舞台が『夢喰い探偵』と酷似しており、この時点で連載の構想があったのかもしれません。本作は今のところ単行本化されていません。そのため、今回はちょっと詳しくおさらいしてみようと思います。

物語と登場人物

主人公であり、本作で探偵役を務めるのは藤原新(ふじわらあらた)という男子高校生なのですが、正体を偽ってミステリ小説を発表する売れっ子作家という設定です。彼が作品を執筆する書斎が学校の時計塔にあり、その場所を提供しているのが静和はこ(しずわはこ)という生徒会長の女子生徒です。静和は藤原に時計塔を提供する代わりに、学園内のトラブルを藤原に解決してもらっているという交換条件の上に成り立つコンビです。とはいえ、完全に対等な関係というわけでもなさそうで、探偵は時計塔を使わせてもらっている負い目がありますから、会長が持ち込む依頼を断るわけにはいきません。そのため、しぶしぶ事件の捜査を開始するといった体で、会長に引っ張られながら事件現場へ足を運ぶことになりました。*2

事件

藤原が直面する事件は「バラバラ殺人」!なのですが、実際のところは器物損壊です。この高校の美術部には「三聖」と呼ばれる優秀な生徒が3名おり、彼らの新作は美術展での高い評価が期待されていました。ところが、美術室に保管していた彼らの作品が台ごと倒されて、バラバラに破壊されてしまいます。人が殺されたなどという物騒な事件ではないのですが、「芸術家にとって作品は命も同じ」であるため、この事件は殺人的であるというわけです。バラバラ殺人とはこういう意味だったわけです。

さて、事件の第一発見者の主張に基づけば美術室は”ほぼ密室”の状態であり、人の出入りは不可能でした。事件現場は完全な密室ではなく、天井付近にある小窓が開いていたことに加え、密室の内側に猫の毛が落ちていたことから、校内で話題になっている迷惑ノラ猫の仕業であろうと考えられました。ノラ猫を捕縛しようと息巻く美術部員をよそに、藤原はある理由から猫には犯行が不可能であると推理し、真相の解明を目指して捜査を始めることになったのです。

例の優秀な美術部員たち3名それぞれに事情を聞いて回ったところ、どうやら全員に動機がある一方で、これまた全員にアリバイがありました。ここにきて、密室とアリバイという二重の壁が立ちはだかります。探偵は容疑者3名(+ノラ猫1匹)の中から真犯人を指摘し、密室とアリバイトリックを突破する必要がありました。

探偵の推理を振り返って

密室を構成するトリックが何らかの物理トリックであると察することはできますが、具体的な方法はなかなか指摘できないでしょう。というのは、その仕掛け部分に関する作中での言及が少なく、読者が推理するには情報が足りないように思われるからです。さらに言うと、このトリック、実行自体に問題はないのですが、トリックに使ったものが証拠としていろいろと現場に残ってしまいます。そのひとつについて、犯人はそれをごまかすための準備をしているのですが、それ以外の証拠についてはどうしたのでしょう?藤原もこの点を説明していないので、トリックとしての実現可能性については少し疑問が残ります。とはいえ、物理トリックは絵として映えるので漫画向きですよね。

むしろ読んでいて困ったぞと思ったのは、推理のプロセスがわかりにくい点でした。読者にはきちんと証拠は提示されており、結論も明確です。しかし、その中間である、証拠から結論までのプロセスが不明瞭だと感じました。もう少し具体的に言うと、読者に提示された証拠や解決へのヒントが、解決編における探偵の推理とどのように対応しているのか必ずしも明確ではないのです。そのため、どうして藤原はそのように推理したのかという部分が伝わりにくくなっています。このあたりは、読み切りというページ数の制約上、作者が解決編でやろうと思っていたことをいくつか削ってしまったために生じたものかもしれません。前半の情報密度の高さと、後半の解決編の単純さに落差があるのはそのせいでしょうか。

このようにいくつか煮え切らない部分はありましたが、総じて楽しめました。物理トリックによる密室事件は『夢喰い探偵』でも1件描かれていますが、謎解きの密度としてはこちらの方が一枚上手だと感じます。

念のために付け加えておくと、最終的に明かされた犯行の動機はきわめてまっとうなものでした。しかも青春の一ページらしく感動系で攻めてくるあたり、常に青春モノを志向する義元氏の本領が発揮されています。なお、作中で藤原が捜査の結果を振り返って「動機が揃い過ぎている」とか、それを創作としてとらえると「冴えたシナリオじゃない」などと評していることから、作者は動機の意外性にもこだわりがあるように感じられます。だからこそ感動的ラストにもつなげやすくなるのでしょう。

『夢喰い探偵』との関連

ところで、主人公である藤原新は白雪マリア(しらゆきまりあ)という筆名で小説を発表しています。タイトル「探偵作家 俺/マリア」のマリアとは、彼の筆名を意味しています。さらに、何を隠そう、彼の小説シリーズ名が『宇都宮アイリ』なのです。それってなんだっけ?とか聞かないでください。宇都宮アイリは(一部のミステリファンの間で)絶賛を誇ったミステリ漫画『夢喰い探偵』のヒロインです。本の表紙にも宇都宮アイリらしき人物が描写されており、この時点ですでに探偵アイリ像は存在したようです。藤原たちが通う高校が並木街道高校であることなど、『夢喰い探偵』との連続性は否定しようがありません。もしかすると、『夢喰い探偵』は本作「探偵作家」の作中作とか、同じ高校に在籍した先輩後輩の関係などといったオマケ設定が重層的に組み合わさっているのかもしれません。このあたりに、作品世界に対する義元氏の愛が感じられるではありませんか。

そして、本作と『夢喰い探偵』の作風も非常に似通っています。そもそも青春ミステリという同じジャンルですし、ストーリーテリングのノリも同じです。違うところと言えば、探偵と助手の事件に対するスタンスの差で、読み切りでは助手の方が積極的で探偵側は冷めているという、アイリと国谷のコンビの真逆になっています。とは言いつつ、積極的な女子が物語を引っ張るという意味では両者は共通していますね。

義元ゆういちの作品リスト

義元ゆういち(あるいは好本雄一)の発表作品は以下の3本だと思われます。

  • PIGEON WORKS アナログ探偵事件録(2012, 好本雄一)
  • 探偵作家 俺/マリア(2013, 好本雄一)
  • 夢喰い探偵(2015-2016, 義元ゆういち)

これら以外の名義で作品を発表していた場合にはさすがに追い切れませんので、ひとまず上記の3本とします。本ブログでは、上記3作品について、すでにレビュー済みです(2018/09/02)。

*1:月刊少年マガジン2013年9月号

*2:「助手(生徒会長)が事件を持ってくる」のであれば、「探偵(高校生作家)が事件に出会う必然性」を説明する必要がないのでなかなか便利な設定だと思ったのですが、『夢喰い探偵』には引き継がれなかったようですね。

『夢喰い探偵』第6話「金田一耕助vs.エラリー・クイーン」

文化祭の準備の最中、映画研究会とミステリー研究会の合作映画に用いる撮影用の人形が勝手に持ち出され、とある都市伝説に見立てられてしまった。またしても部活同士のもめごとに発展しつつある中、この見立ての意図を解明すべくアイリが立ち上がる。

最高難易度の事件

今回のエピソードにかなりの気合が入っていることは、タイトル「金田一耕助vs.エラリー・クイーン」からも明らかでしょう。金田一耕助横溝正史が生み出した日本の名探偵であり、数多くの映像化によってファンの多いシリーズです。そして、エラリー・クイーンは同名の作家エラリー・クイーンによって創作された名探偵で、世界で最も有名な探偵のひとりでしょう。これらふたりの名探偵をエピソードタイトルにそのまま持ってくるだけではなく、彼らの代表的な事件である『犬神家の一族』と『エジプト十字架の謎』を作中で堂々と紹介するあたり、極めて挑戦的であると言えます。そして、その覚悟に呼応するかのように、これまでのエピソードの中で最高難易度の事件に仕上がっています。

事件の真相に到達するためには、探偵は推理を飛躍させる必要がありました。今回の場合、謎を説明するための証拠をかき集めるという論法はヒットしません。すべての不可解な状況をきれいに説明できる仮説が必要なのです。探偵が提示した仮説は、仮説の上に仮説を組み上げる非常に危ういものであり、証拠が不在の机上の空論となる危険性がありました。探偵が得意げに推理を披露していても、本当にそうなのか?他の可能性もありえるのではないか?と少し疑いつつ論理を辿ることになります。しかし、筋は通っています。結論まで到達してようやく、その仮説が「すべての情報をまとめ上げることができる解釈」となり、だからこそ「唯一絶対の真相」であることに気づきました。これほどアクロバティックなロジックを構成するミステリー漫画は見たことがありませんし、探偵が披露する推理の美しさは推理小説に引けを取りません。解決編を読み終えて冷めやらぬ興奮に震えたことを告白しなければならないでしょう。さすが超有名作品を引用するだけのことはあり、非常によくできたミステリーとなっていました。

ヒロインが犯人を批難する

ただし、犯人はちょろかったです。もうちょっと言い逃れしてほしかったのが読者の本音。犯人が意外にも簡単に犯行を認めてしまったのは、あまり悪いことをしたという認識がないためでもあるらしい。これは逆に犯人の悪辣さを示しており、この意味では他のエピソードを上回っています。もっとも犯罪に近かったのは第1話の浮雲破壊事件ですが(あれは実際のところ犯罪でしょう)、あちらはまだ即物的な動機であったためわかりやすい事件でした。しかしこの事件の犯人は極めて自分勝手であり、犯人の意図に憤りを禁じえません。事実、探偵アイリが初めて犯人を批難した事件でもあります。アイリが犯人の愚かさを批判する件は威圧的であり、かわいい少女として描かれてきたヒロイン像とは一線を画していました。ヒロインの新たな一面を垣間見たという意味で貴重なエピソードでした。

物語の進展

また、事件の最後にアイリが自ら過去を語り、作品全体を貫く謎が前景に現れてきたようです。この大きな謎が作中でどのように描かれるのかは多分に期待が膨らみます。これによって彼らが出会う事件の規模も大きくなるかもしれません。これまでのような一話完結だけではなく、例えば前後編のように二話に分かれるかもしれないし、さらには単行本一冊全部使ってひとつの事件を描くようなことがあるかもしれません。もちろん、これまでの一話完結を徹底しつつ、ストーリーを進めるのもいいですね。ミステリーファンとしてはそろそろ前後編の二話完結くらいの事件をやってもらいたいところなのですが、はてさてどうなることでしょう。