『夢喰い探偵』第8話「輪(リング)」

注文していないはずの花束が駅前書店『くにや書房』に届けられた。架空注文のいたずらは近隣の店舗でも発生し、連続的に生じる架空注文の「連鎖」がしまいには駅前商店街を一巡してしまう。謎の架空注文の「輪」を生み出した犯人の目的はいかに。

駅前商店街再び

国谷の実家である書店『くにや書房』は第3話で一度登場していますが、今回も舞台となりました。さらに、『くにや書房』に加えて他にも花屋、そば屋、古書店も関係者となり登場する店舗は多彩です。これに応じて登場人物も多くなり、これまでにない人数の容疑者を誇る事件となっています。

純粋なパズル趣味に徹した不可解事件

物語の発端は『くにや書房』に届いた花屋の花束。花屋によれば『くにや書房』から配達の依頼を受けたというのだが、『くにや書房』はそのような注文はしていない。花屋に届いた電話はいたずらによる架空注文だったようである。当の『くにや書房』にも雑誌の配達依頼が届いており、注文先のそば屋に赴いた国谷だったが、そこで店主から雑誌の注文などしていないとつっぱねられてしまう。どうやら駅前商店街の店舗を対象に架空注文のいたずらが頻発しているようである。案の定、そば屋にかかってきた次の注文もいたずらであり、古書店へ配達したどんぶり三杯が損害となってしまった。被害にあった店舗を辿ってみると、花屋、『くにや書房』、そば屋、古書店を経て、再び花屋へとたどり着いてしまった。ここにきて、架空注文の連鎖が複数の店舗を循環する「輪」になっていることに気付く。このような奇妙奇天烈な事件を引き起こした犯人の意図がどこにあるのかが解くべき謎となった。

今回の事件は少しばかり悪質な印象を受けるものの、その事件性は強調されていません。むしろ、奇妙奇天烈な事件の謎そのものの面白さが際立つパズルめいた興味が魅力となっているエピソードです。このあたりはアイリの描写を追うと明らかで、架空注文が届くお店が次から次へと順繰りに連なっている様相が明らかになるにつれ、謎のにおいを嗅ぎつけたアイリの関心が次第に昂っていきます。面白そうな謎を見つけた探偵がその純粋な知的探求心ゆえに熱くなるというのは王道ですが、今回はその過程を読者も一緒に辿る形になっています。ミステリーの面白さは解決編での謎の解消だけではなく、謎が姿を現すまでの経緯にもあります。今回のエピソードは主人公たちの前に謎が立ち現れるまでの過程にこそ見るべきところがあったと言えるでしょう。 

推理の構成に妙あり

この事件の核心は「なぜ架空注文を循環させたか」にあり、この理由付けに一見の価値があります。確かに、目的に比べて手段が大げさという現実的な指摘も聞こえてきそうですが、探偵が披露する推理の説得力は疑いもないし、なにより今回は謎の面白さがすべてをカバーしています。ミステリとしておいしいエピソードでしょう。

ところで、今回の解決編はなかなか難しく読むのが一苦労でした。犯人の目的を明らかにするため、本当に狙われていた店舗はどこなのか、そしてそれを指摘した上で、その店舗が狙われることになった理由に言及するというように、いくつかステップを踏む必要があったからです。この推理の立脚点は「(ちょっとネタバレ)架空注文があった4つの店舗のうち他と違う店舗が1つある」という点です。ここから発して犯行動機の解明へと至るのですが、この事実は視点を変えると「架空注文の連鎖を作ることができたのは誰か」という別の真相を導くことが可能であり、犯人を特定する根拠にもなっています。つまり、ひとつの事実から犯行動機と犯人を同時に特定できるということなのですが、ここではまず犯行動機を明らかにするために利用されています。物語的には先に犯人を指摘し、それから徐々に犯行動機を明らかにしていくという描き方もありえたはずです。では、なぜ先に犯行動機の根拠として用いたか。実を言うと、この根拠は犯人を特定する証拠としてはいささか弱いものです。推理の立脚点であるとある事実が犯人を特定する根拠として有効なのは、あくまで今回登場した中に犯人がいるという仮定に基づく場合だけでしょう。そのため、先に犯人を指摘してしまうと探偵の推理に説得力が伴わないまま物語が進んでしまう危険性があり、それゆえ動機の解明から始めたのではないでしょうか。証拠が複数あるような場合でもそれを開示する順番を間違えるとまるで推理がなっていないように見えることもあるし、たとえ曖昧な証拠であっても適切に繰り出せば非常に強力な説得力を有することもあります。 こういったミステリ作法のようなことをまざまざと見せつけられたエピソードでした。

心して読むべし重要なお知らせ

第8話の最後のページに、ファンの心臓に悪いとても重要なお知らせが記されておりました。いいお知らせではありません。心臓に悪いのですから悪いお知らせです。それは、『夢喰い探偵』が次号で最終話を迎えるというものです。第8話の最後、事件を解決したアイリは国谷と連れ立って歩いていますが、まるで最後の挨拶でもあるかのように激励の言葉を国谷に投げかけ、そしてアイリは立ち去ります。最後のコマでは意識を失ったアイリが描かれており、極めて重篤な症状を呈しており命が危ぶまれます。次号ではこの流れで最後の事件が描かれるのでしょう。

しかし、次回で完結してしまっていいのでしょうか。物語はまったく進んでおりません。物語の主軸たりえる失踪した少女の真相について彼らはまだ捜査を始めていません。意味深に登場した謎の刑事の活躍もいっさいありません。まさかこれらを最後の一話で片付けてしまうのでしょうか。そしてなにより、国谷くんはアイリを抱きとめるにはまだあまりに未熟ではありませんか。彼らの成長の物語がこれから長い時間をかけて紡がれてゆくのだろうと期待していたのですが、その時間は残されていないようですね。

何度でも言いますが、ここまでしっかりしたミステリー漫画は他に知りません。謎の魅力、フェアな証拠の提示、論理的な推理、動機の意外性、どれをとっても一級品。今後本作を読むことができなくなると思うと残念でなりません。作者の次回作に期待することにしましょう。

『夢喰い探偵』第2巻

 2016年5月17日に『夢喰い探偵』第2巻が発売となりました(電子書籍版も同日発売)。

第2巻は第4話から第6話までの3話収録となっていて、個別の事件を解決する傍らヒロインである宇都宮アイリの過去も次第に明らかになっていきます。第1巻が登場人物の紹介と作品スタイルの定着であるとするなら、第2巻は物語を動かすための下準備と言えるでしょう。

各エピソードの詳細は個別エントリで紹介していますので、ここでは簡単な紹介と、第2巻を読み直して新たにあるいは再び抱いた疑問点を記しておくに止めます。

その前に遅ればせながらの登場人物の紹介を行うことにします。

登場人物の紹介

宇都宮アイリ(うつのみやあいり)

本作の探偵役である宇都宮アイリは、幼少時より病弱であるというハンディを背負わせられています。類稀なる推理力を持つが、その都度昏倒してしまうという弱点も併せ持っており、強弱両面を併せ持つ主人公として描かれています。名探偵になるという約束のため国谷が在籍する高校へアイリが編入学してくることで物語の幕が上がります。しかし、なぜこのタイミングで編入学したのか、なぜ今まで姿を現さなかったのかなど、実は謎が隠されており、今後の展開への大きな伏線となっているような気がしてなりません。

彼女は推理を行うたびに意識を失い、目覚めた瞬間には真相を喝破します。探偵アイリの特徴はこの「走馬灯で推理する」点にあります。本作の英題(『Revolving lantern detective AIRI』)はまさしくこの点を強調しているわけです。しかし、実を言えば、これほど虚弱な探偵を名探偵と呼ぶことに抵抗を感じないわけではありません。優秀な探偵であるなら、意識を失うほどの労力をかけるまでもなく事件を解決できるのではないでしょうか。身を削ってまで推理しなければ真相に到達できない探偵を果たして名探偵と呼べるかどうか、少し自信の揺らぐところです。好意的に解釈するなら、真相に気付くという一般人にとってのアハ体験が彼女の場合は持病の影響なのか意識の断絶として現れるくらいに理解しておくとよいでしょう。

ところで、並木街道高校の制服の仕組みがわからないのですが、アイリは黒いYシャツに白いカーディガンという出で立ちです。黒いYシャツをいつもかっこいいと思ってしまうのは私だけでしょうか。

国谷一力(くにやいちりき)

ミステリーマニアの少年であり、アイリに振り回されることになる彼に肩入れしてしまう読者は多いでしょう。第1話でアイリとの再会を果たした彼は、名探偵になるという約束の重みを再認識して崩れ落ちてしまいます。この時から、国谷はアイリの探偵活動に関与しないわけにはいかなくなるのでした。

助手役に指名された国谷ですが、その初仕事はどうやら推理の最中に昏倒するアイリを抱きとめることでした。ところが、その後あまり役に立っていませんね。アイリを抱きとめることに成功したのは第1巻では3事件のうち2回であり、第2巻では3事件のうち0回、合計で2回/6事件となります。ぜんぜんだめですね国谷くん。今では、国谷がアイリを受け止めることができるかどうかも読みどころになってしまっています。

ところで、彼の助手としての活躍はそもそもあまり描かれていません。せいぜい、解決編でアイリが披露する推理の補助業務(要は下っ端仕事)くらいでしょうか。何か有益な証言を取ってくるとか、探偵にない特殊な能力を持っているとか、もう少し助手らしいところを見せてくれるとうれしいのですが。そうでなくても、例えば、探偵とのディベートを繰り返すことで真相の可能性を絞っていくという、ミステリーらしい仮説検証のプロセスを見せてくれてもいいかもしれません。 

第2巻収録エピソード

第4話「夏への扉

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第4話の見どころはなんといっても生徒会長の圧倒的な存在感に尽きます。第4話はこのキャラクターがいるから成立するといっても過言ではありません。

さて、作中でも探偵が言及しているように、今回の主題は動機にあります。しかし、どうしてもポスターを貼り出す必要があったのかと問われるといささか疑問かもしれません。犯人の行動は逆に事件として認識され目立ってしまっていて、背景事情を詮索されるはめになっています。この観点からは、やはり犯行動機が弱いように思われます。

第5話「男鹿邸事件」

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ホラーテイストを効かせたギャグが秀逸な第5話。容疑者全員にアリバイがある中での犯行であるため、アリバイトリックの打開がメインとなります。

アリバイを成立させるためのトリック自体はよいのですが、犯人が計画を実行するための条件が少し厳しい。この条件は第三者によって確定されたものであるため犯行が可能かどうかは状況次第となり、犯行計画としては少し杜撰でしょう。これ以上に気になったのは、探偵はいかにして犯行動機に気付いたのか、という問題が説明されていない点。物語上自然な流れではありましたが、もう少し説明が欲しいところです。

第6話「金田一耕助vs.エラリー・クイーン

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舞台設定も推理のロジックも極めて完成度が高く、エピソードタイトルの名に恥じない秀作。複雑な状況に首尾一貫した仮説を組み上げる手腕は脱帽せざるを得ません。このエピソードには次の引用が適切でしょう。「正しい解決には、あらゆるものがぴったり符号しなければならない」。*1

問題点があるとすれば犯人を特定する根拠が弱いこと。もう少し直接的な証拠を提示できるとなおよかったかもしれません。この手の証拠は犯人として目星を付けるきっかけくらいにしかならないし、最終的に言い逃れされてしまうかもしれません。こういった証拠の出し方は本作の他のエピソードでもしばし散見されるので、一話完結というページ数の都合上致し方ないとも思う一方、もう少し工夫が見たいところでもあります。

あとがき

巻末のあとがきはまたしても1ページの簡潔なものではありましたが、義元氏のミステリーとの出会い、そして創作に対する姿勢が表れています。しかし、こういった説明書きが例えなかったとしても、作品を通して読者は氏の意図を汲み取ることができます。作品と氏に対して敬意を感じずにはいられません。今後も応援させていただきます。

『夢喰い探偵』への評価

本格ミステリー漫画としての『夢喰い探偵』には大いに期待感を抱いていますが、これは以下のサイトで確信を得ました。ミステリー系の漫画に詳しい評論家の福井健太氏が東京創元社のサイトで本作を紹介しているのです(この時点での既刊は第1巻のみ)。近年連載が始まった作品のひとつとして取り上げられており、しかも好意的な印象を抱いているようです。プロの目利きさんも注目する作品とあれば、これは「本格」のお墨付きを得たも同然でしょう。期待はますます高まります。

(リンク切れ)本格ミステリ漫画ゼミ 【第16講】 福井健太 (2/2)|本格ミステリ漫画ゼミ|Webミステリーズ!

福井氏のウェブ連載は単行本として発売されています。ミステリ漫画の歴史を把握する上で参考になるでしょう。なにより、『金田一少年の事件簿』がいかに偉大だったかがよくわかります。 2019年4月14日追記。

 

 第3巻は10月発売

本作が掲載されているマガジンRは隔月刊行物であるため、次回まで2か月待つ必要があります。当初はあまりのじれったさにやきもきしたものですが、こと『夢喰い探偵』に限って言えば、良質な短編ミステリを2か月ごとに読むことができるわけで、これは決して悪い話ではありません。更に言うなら、半年で3話収録の短編集が1冊発売される計算になりますから、ますますおいしい事件ではありませんか。とはいえ、がっつりはまってしまった今となっては半年待つなぞ末恐ろしくてしかたがないのですが。

単行本派のみなさまは2016年10月17日発売予定の第3巻をお待ちください。それではこれにて。

*1:エラリー・クイーンエラリー・クイーンの冒険』所収「アフリカ旅商人の冒険」井上勇訳より

義元ゆういちの別名義作品②「PIGEON WORKS アナログ探偵事件録」(2012年)

義元ゆういちの実質的デビュー作

義元ゆういち氏の先行作品を取り上げる第二弾としまして、2012年のマガジンプラス7月号に掲載された65ページの読み切り「PIGEON WORKS アナログ探偵事件録」を紹介します。名義は好本雄一ですが、義元ゆういち氏の事実上のデビュー作と捉えてよいでしょう。

本作は新人読み切りバトルであるグランドチャンレジチャンピオンカーニバル(略称GCCC)の一環として掲載され、読者のアンケートハガキによる人気投票が行われました。この人気投票によってトップとなった作家は新作を掲載できる権利を獲得するという、読者を巻き込んだデビューへのコンペティションと言えます。キャッチコピーにもある通り、「未来の連載作家を選ぶのは、あなたです!」というわけで、作家のデビュー自体を読者が後押しできるような仕組みになっています。このような企画は非常に興味深いですね。

人気投票の結果を直接確認したわけではないのですが、翌年の月刊少年マガジンに読み切りが掲載された際のキャッチコピーに「新人コンペナンバー1作家」として紹介されています*1。よって、読み切りバトルはめでたく義元氏の勝利となったのでしょう。

PIGEON WORKS

青春ミステリー

ここまでくれば自明かもしれませんが、デビュー作である本作も「青春ミステリー」です。しかも、連載作『夢喰い探偵』や読み切り『探偵作家』と同様、並木街道高校を舞台としています。登場人物の設定や造形は『探偵作家』とほぼ同じであり、男子高校生の藤原新(ふじわらあらた)が探偵役を務め、ヒロインに生徒会長の静和はこ(しずわはこ)を配置しています。『探偵作家』の主人公には覆面作家という設定がありましたが、本作ではまだその設定はありません。その代わり、図書室の一角を占領して探偵業務を行っています。タイトルにある「PIGEON WORKS(ピジョンワークス)」とはなんぞや状態でしたが、藤原の通信手段が伝書バトであることに由来します。なぜ伝書バトなのかと言えば、彼は電子機器が大嫌いのアナログ人間なのだそうです。このあたりは、『探偵作家』の主人公が小説を万年筆で執筆することにこだわっていたことに通じますね。まず間違いなく、作者の趣味でしょう。

事件と推理

学園を巻き込む騒動は、ひとりの男子生徒が屋上から転落したことに始まります。事件現場には私物のカメラが落ちていたため、彼は女子生徒を盗撮していたストーカーだったのではないかという噂が蔓延し始めます。生徒会長の静和は噂の真偽を確かめるべく、藤原に協力を求める、というのがあらすじになります。

藤原は男子生徒が話題のストーカーではないことを容易く証明します。その上で、ストーカーではないのなら、彼は一体何を撮影していたのか、を考えなければなりません。この問題を解決することによって、彼が屋上にいた理由に加え、さらには真のストーカー犯が誰なのかまでを一息に手繰り寄せることになります。

まっとうなミステリらしく、証拠の開示が丁寧であった点は感心します。男子生徒が屋上で撮影した3枚の写真という明快なヒントが用意されており、ここに隠された謎を明らかにすることで真相にたどり着けるという一点突破型の謎解きでした。これは同時にストーリーが一本調子になってしまっている原因でもあり、全体的にひねりが足りないという不満はありました。その代わり、解決編での真相解明はなかなかドラマチックに描かれています。校内に広がる噂の真相を明らかにすべく学生の面前に立った演壇上の静和会長と、その舞台袖における藤原の推理が同時並行で描かれ、そのコンビネーションが犯人に対する決定打を可能にしています。単に同時に描かれるというだけではなく、その状況そのものが最後の手がかりになるという妙手に、ドラマとしても犯人を追い詰めるトリックとしてもなるほどなと感心しました。

 巻末のQ&A

掲載誌の巻末に義元ゆういち氏へのQ&Aコーナーがあるのですが、そこでの受け答えを見て、この人は本物かもしれないと思ってしまいました。それは漫画家としてというよりも、むしろミステリの書き手として信頼できる作家さんだな、という感じに近いのです。こんなことを思ったひとつの理由は、新人賞に応募した氏の作品が「実験的な快作」と評されていることです。ミステリ読者にとって「実験的」というのは蠱惑的な響きのある単語です。ミステリは読者を驚かせることも目的のひとつですが、その驚きを生むためにあえてミステリのルールを破壊するような「実験的」な試みが作品自体に仕掛けられることもしばしばです。そのような驚きをミステリ読者はつねに渇望しています。もちろん当該作品を読んだわけではないので、どのように「実験的」なのかはわかりませんが、義元氏のその姿勢には一目置くものがあるようです。単に漫画家としてだけではなく、ミステリ作家に求められるような資質も感じ取れます。

さいごに 

義元ゆういち氏が連載開始前に発表した『PIGEON WORKS』と『探偵作家』を読めば、氏の創作のベースそのものが「青春ミステリー」にあることがわかります。しかも、正当な本格ミステリです。また、これらの先行作品の時点で作風は完成しており、連載作『夢喰い探偵』は完全にこの流れの上にあります。氏の作風でなにより良いのはコミカルな描写で、個性豊かな登場人物たちのさりげないセリフやリアクションがかわいらしい。特に、事件の中にミステリのお約束を見つけて勝手に盛り上がる登場人物たちのなんともおかしなこと。ギャグセンスが「青春ミステリー」をいい塩梅に引き立てている、といった感じです。これは優劣の問題ではなく、単に好みの問題かもしれまんね。

いつの日かこれらの読み切りが「義元ゆういち幻の初期短編」とか呼ばれるようになる日が来るのでしょうか。いえいえ、是非とも単行本に収録していただいて、もう一度読者の手に届くことを期待しましょう。まっとうなミステリに飢えている読者は数知れないのです。

*1:『探偵作家 俺/マリア』月刊少年マガジン(2013年9月号)